勝見正雄博士 資料について

勝見正雄博士は昭和7年(1932)、逓信官吏練習所 技術科を卒業すると同時に逓信省に入られて大阪逓信局工務課に配属され、通信技術者としての第一歩を高知の地で踏み出された。
昭和12年 逓信省工務局調査課勤務となり、昭和37年 電電公社保全局電信機械課長、昭和40年 東京総合局監督事務所長、昭和41年 市外建設工事管理室長と専ら工務・保全の仕事に携わられた。その間に精力を傾けられたのが画像通信手段としてのファクシミリの導入・普及で、昭和31年には、工務・保全の部門の方には稀な工学博士の学位を、東北大学から「ファクシミリに関する研究」に対して授与されている。また昭和58年4月には画像通信における多大な貢献に対して勲四等旭日小授章を授けておられる。
昭和43年 信越電気通信局長を最後に、昭和45年電電公社を退職された。退職後は通信電線線材協会の専務理事を長く勤められたが、ファクシミリとその周辺への関心は衰えることなく、ファクシミリに関係ある研究者、公共機関、ユーザで組織した「電写研究会」とその後継組織である「画像電子学会」においてファクシミリの発展のために尽くされた。特にファクシミリの技術年表については、画像電子学会創立以来、画像電子年表作成の年表委員会委員長を務められ、ご自身で丹念に集められた資料を学会にご提供頂いた。
ミスター・ファクシミリとお呼びした勝見正雄博士は平成17年2月22日亡くなられた。大正2年(1913)1月1日に福井県遠敷郡上中町井口に生まれておられるから享年93才であった。

生前勝見博士は、昭和初期における写真電送機開発の頃からのファクシミリの関する論文や講演予稿を集め、また、逓信省、電気通信省、日本電信電話公社と組織の変る中で、調査部門に永らく勤められたこともあって、通信行政の裏方作業としての調査資料も保存に努力をされ、その収集ぶりは保管のための建屋を増築する徹底ぶりであったと伺う。この勝見正雄博士資料は、ご遺族が画像電子学会にその遺された資料の整理を託されたのを機会に、ファクシミリ技術或いは技術史の研究者に参考となるようなものを選別してアーカイブ資料としてデータ化したものである。
資料の閲覧に当たって、故人の蒐集の努力に思いを馳せていただけると幸いである。

2010.4.10

 

文献

朝日新聞東京本社社:「活字使用度数調査」 (昭和25.2)
勝見正雄:「写真及び模写電送(上下)」コロナ社 (昭和26.3.5)
勝見正雄・窪田啓次郎:「模写及び写真電信に関する国際会議(CCITT,CCIR提出資料の紹介)第27回電写研究会予稿(昭28.7.11)
勝見・高橋・桜井「模写電送における明瞭度に関する一提案」電通学会誌 (昭29-1)
勝見正雄・高橋久太郎:「明瞭度・了解度に関する2,3の問題」第31回電写研究会予稿(昭29.3.12)
勝見正雄:「専用制度の改正について」電写研究会雑誌 12-1(1965.4)
勝見正雄:「CCITT第3回総会に出席して」電写研究会雑誌 12-2(1965.10)


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